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京北電気鉄道株式会社
Keihoku Electric Railway Co., Ltd.

Keihoku rogo
 ロゴ


種類  株式会社
市場情報  北証1部 9031 1949年4月1日上場
 神証1部 9031 1960年11月1日上場
略称  京北、京北電鉄、京北電車
本社所在地  Flag of Shindu svg 神津
 
 稲川県北倉市都上区千歳大宮二丁目13-1
 千歳大宮フェルートシティビル10~14階
設立  1948年10月1日
 (京北川電気鉄道から分離)
業種  陸運業
事業内容  鉄道事業・バス事業・不動産事業ほか
代表者  代表取締役社長 神山和馬
資本金  980億3,000万円
発行済株式総数  14億9,012万3,087株
売上高
営業利益
純利益
純資産
総資産
従業員数
決算期  3月31日
主要株主  稲川大手私鉄持株会 4.00%
 (株)都雪第一銀行 3.12%
 (株)神津生命 2.55%
 (2013年12月1日現在)
主要子会社  詳細は「京北グループ」を参照。
外部リンク



京北電気鉄道株式会社(けいほくでんきてつどう、英称Keihoku Electric Railway Co., Ltd.)は、稲川県内に路線網を持つ神津大手私鉄。略称は京北京北電鉄京北電車とも呼ばれる)。本社事務所は稲川県北倉市都上区千歳大宮二丁目13番1号 千歳大宮フェルートシティビル内。営業キロ程は?km(2014年10月1日現在)。

京北グループの中核企業である。

概要編集

稲川県の県庁所在地で、政令指定都市でもある北倉市の中心部と、周辺の都市を結ぶ路線を数多く持っている稲川県内でも特に規模の大きい私鉄である。また、鉄道ファンにも比較的優しいことで知られ、国内外での知名度も高い。

2016年現在のコーポレートスローガンは「そのみち みらいへ」である。また、1980年に制定され、2010年まで使われていたコーポレートスローガンは「未来へ、つなぐ。」である。

1949年に北倉証券取引所第一部に上場。1960年には神京証券取引所第一部にも上場した。

歴史編集

1890年代の北倉市内には、まだ官製鉄道(現在のJR北神津羽島本線)しか開通しておらず、中心部の都雪通や城前通、北倉川通などには鉄道が開通していなかった。そこで、当時北倉市内に住んでいた実業家の南条栄一中野琴朗などが、私営鉄道として「北倉電気軌道」を設立した。

当初、都雪通と並行に走る四条 - 北倉間の路線の建設をメインに免許の取得と用地買収がすすめられたが、鉄道省をもつ国からの指導が入り建設は中止された。≪しかしながら、同区間はその後都雪通に軌道線として敷設され、四条(現在の都雪四条) - 北倉駅前間が「都雪通線」(現在の神山線)として1915年9月に開通している。≫

そこで都雪通と並行に走る鉄道路線の建設をあきらめた当時の北倉電軌は、次に北倉市中心部の南北を貫く鉄道の建設を開始。そして1908年9月に建設が完了した。

1908年10月15日に最初の路線として千歳(現在の千歳大宮) - 南条(現在の南条川原)間が開業した。

路線編集

北倉本線神山線三橋線北倉空港線北倉線倉上本線柳岡線高鷲線鷺宮線倉上線柳山本線南条線柳山南条線と総称している。柳山南条線は、元は別会社が建設した路線であるため、京北電鉄の他の路線と電車の規格などで違っている部分がある。

営業区間編集

廃止区間編集

未成区間編集

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